①
「裕美ちゃん覚えているかい?」
周囲のざわめきにまぎれて笹木が裕美に囁いた。
「僕が裕美ちゃんにプロポーズしたことを…」
「えっ、いつのこと。あれプロポーズだったの?」
裕美はわざとおどけて言った。
大人になったら、ボク、裕美ちゃんとケッコンしてあげる。
十歳頃、笹木はそのようなことを言ったのだ。レンゲ草を真っ赤に敷き詰めたままごとゴッコの田んぼの中だった。
幼なじみだった二人は同級会に来ていた。
団塊の世代も、みんな初老といわれるかの歳になっている。自分の老け具合を同級生の姿を通して確認しなければならない、気の進まない出席であった。
みんな数年、いや遠い人とは数十年ぶりの再会で、よほど話し込まないと昔の彼や彼女を確認できない人さえいた。だから再会といっても、若い頃のようなウキウキした気分はない。この歳になってすっぽかすのも大人げないと考えての、半分義務感からの出席だった。
そう思いながら出席した会だったが、この出会いには内心ほっとしたところがあった。裕美と笹木は幼なじみで、昔もたびたび会ってはいたから、ふたりでなら話題には事欠かなかった。
案の定、会ってしまえばすっかり幼い頃の間柄に戻って和気藹々と会話が弾んでいる。
会場は市内のホテルだった。瞬く間に再会者たちの時間は過ぎ去り、大部分はそくさくと帰っていった。それでも帰りそびれたような一団が、数人ずつ残り火を惜しむかのように居残っていた。
二次会、三次会とすすみ、数人がホテル近くのバーに移動していた。
椅子に座らないうちに、同じ市内に住み、裕美と行き来もある雪絵は意味ありげなウィンクをして帰り、残っているのは笹木と裕美、晶子という女、それに同じ市内に住む男三人だった。
飲んでいるうちに、なんとなく裕美と笹本、晶子ともう一人の男という雰囲気になった。四時からの会だったので、それでも十分すぎるほどの時間が過ぎたことになる。
ほどなく晶子ともう一人の男が立ち上った。印刷所の社長をしている男だ。
なんとなく共犯の雰囲気を漂わせながら、「ごゆっくり」と、それぞれに、笹本と裕美にニッコリと言って立ち去った。
彼らも昔、恋人になり損ねたと噂されたカップルだった。
しかし、再会の恋人たちというより、もう十年以上連れそっている熟年夫婦といった風情で、浮ついた感じには感じられなかった。
さて、僕らはどうしよう。笹本が裕美に余韻を残して言った。
(つづく)